蚯蚓の物語

『天ざかる 鄙に五年 住まひつつ 京の風俗 忘らえにけり』


───オレ様にとっちゃ、あいつらはただの殺戮者でしかない。
オレ様の仲間をたくさんたくさん殺しやがった…絶対許さねぇからな!
もうすんげー長い間あいつらを見てきたけど、うんざり。
だから人声のうるさい所から離れて、ここに移り住んだんだ。…ったく、
何でオレ様の方が、こそこそと身を引いてやんなきゃならねぇんだ!?
意味わかんねぇし。でも、そう思いながら隠れ住んでるオレ様もオレ様だ…
もう京にいた時の風俗とか、そんなモン覚えてねぇけど。つーか覚えてなくていいし。
そんなことごちゃごちゃ考えながら、ここでの生活はもう五年ぐらいになんのか…
ま、オレ様にとっちゃ「まだ五年」だけどな。その「まだ五年」の時、
オレ様は「アイツ」に会った。
クソうるせーガキたちの"殺戮道具"にどうしようもなかったあの日。
『やめようよ。そう思うなら見なければいいのに』
妙にガキっぽくないその言葉が、生意気で何か腹立つ。
正直、それが「アイツ」の最初の印象…

 

 

夕暮れの土手で遊ぶ子供たちの姿は、田舎特有の光景かもしれない。
「おーい、ここにもいんぜ!」
まだ五、六歳の、年端もいかぬ少年が叫んだ。土手で何かを発見したらしい。
こっちこっち、と手招きする仕草に、少年の友達が続々と駆け寄ってくる。
「コレコレ」
少年が嫌そうに指差した先を覗き込んだ子供たちの口から、次々と飛び出す罵詈雑言。
「うぇぇ、ほんとだ…」
「気持ちわるっ」
「なぁ、コレもそれでちょんぎっちゃえばー?」
友達の持つスコップを指差したあと、少年の指は土手を這う一匹の蚯蚓に向かった。
にゅるにゅるとうねるその姿を、少年たちは何の悪気もなく"遊び道具"のスコップで
何匹も何匹も真っ二つにしてきていたのだ。
理由は特にない。強いて言うなら「単なる遊び」、あるいは「気持ち悪い」から。
「そーだなー。じゃ…」
「やめようよ」
スコップが振り下ろされる直前、一人の少年がそれを止めた。
「何で?こいつでもう六匹目だよ。気持ち悪いじゃん」
「そう思うなら見なければいいのに」
正論すぎて言い返せない言葉を疎ましく感じるのは人間の本能だが、
子供は都合の悪いことをことさら嫌う。ただの遊びに、そんな正論は必要ないのだ。
「ちぇっ、つまんねーの。おいみんな、もう帰ろうぜー」
陽も沈みかけた夕刻、子供たちは「正論」をかざした一人の少年を残して、
あっさり土手からいなくなった。
「…言っちゃったよ」
少年はてへ、と舌を出す。
「明日みんなに謝らなきゃなぁ。でも僕は嫌いじゃないし、蚯蚓」
そう言って少年は、ぐいと蚯蚓に顔を寄せた。
「遊び相手いなくなっちゃったから、責任取ってよ」
少年はにこりと笑う。

 

 

…なんだコイツ?
つーかガキたちが帰ったのはオレ様のせいじゃなくて、テメェのせいだろ!
テメェらヒトと仲良くする気なんかさらさらねーよ!オレ様に近寄るな、あっち行け!
体をくねらせて、触れない程度に指先へ威嚇してやった。
どうせビビって手ェ引っ込めると思ったのに、
『あ、面白い動きする!』
…っ! コイツ……………バカ?
でも、オレ様にこんな近づいてきた人間は、コイツが初めて…
指もささねーし、「コレ」とか言ったりもしねぇ…ま、ヒトのガキにしちゃまだマシだ。
どーせ興味本位なんだろーけど、じゃあオレ様もその変人ぶりを見てやるよ。
『意外とツルツルしてるんだー』
って、おいコラ!なに勝手に触ってんだ!?油断してたら、逆に手ェ伸ばしてきやがった。
『僕はねーちょっと前まで京にいたんだ。でもこんな面白い虫、いなかったよ』
…は? 変わった奴…ムシに触ったり話しかけたりする奴がいるなんて。
しかもコイツ、京育ちだろ?あのいけ好かない、やたら上品ぶったうるせー所…
『こっちに来てよかった。京にいたままじゃ君たちに会えなかったよ』

───アエナカッタヨ。

初めて聞く言葉。マジ…変わってるコイツ…。
田舎に移り住んで京の風俗を忘れたのは、オレ様じゃなくてテメェの方じゃねーの??
とか考えてたら、コイツの指に押されて引っくり返っちまった。
『あ、ごめん。力加減がわかんないんだ』
このっ…クソガキ!今のナシ、もう一回だ!
すぐに起き上がって、今度はコイツの顔に威嚇してやる。
…って、ちょっと待て。
気づいたら、何でこんな必死になってんだ?しかもヒト相手に。
『君って、ひょっとして負けず嫌い?だったら、やっぱり面白いなぁ』
うるせー…コイツ調子狂う。…狂う…けど…マジ変わった奴………
『あ、そろそろ帰らないと。陽が暮れちゃう』
…よし、決めた。テメェとオレ様はまた会う。
『また会えたらいーねー。今度は見つからないようにさ』
そんなにオレ様に会いたいなら、約束だからな。忘れんな、覚えとけ!

 

 

夕暮れの土手で遊ぶ子供たちの姿は、田舎特有の光景かもしれない。
陽が暮れるまでに急いで帰る子供の姿も、田舎特有の光景かもしれない。
でも、田舎にはもっと、忘れてはならない特有のものがあるのかもしれない。